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「姫」のはなし

 とりとめのない話をしたい。「姫」という言葉について考えてみよう。「姫」とは奇妙なもので、王女など貴人の女性を意味としては表していながら、字形をみると「女」と「臣」からなっている。「臣」は昔の字形によれば、「臣下」の「臣」とは形を異にするようで、女性の身体的特徴を形象化したものであるとされる。

 これでは、「姫」はただの女性の一般的な形象で「姫」が王女の意味を表すことを説明しえない。それでは、姫と現代では同義とされるprincessと比較して検討することとしよう。

 姫とprincessも、現代の日本語においては、どちらも一義的には「王女」などといった風のニュアンスを持っている。

しかし、その原義にさかのぼれば、両者はその指し示すことを大いに異にする。

 princessというのはprinceの女性形だというのは、明瞭なことであろう。そして、このprinceというものは、ラテン語のprīnceps、すなわち第一人者という意味の語、これを称号として帝政ローマの皇帝オクタウィアヌスが名乗ったことが、その語源であるとされる。

 その後、欧州ではインペラートルなどといった称号の一として、用いられてきたが、如何なる経緯があったのか、プリンス オブ ウェールズ(英国皇太子の称号。日本だとむしろ派生的な英国戦艦の名前、あるいは紅茶の茶葉の銘柄として知られているか)やプリンセスプリンプリン(時代遅れか!)のように現代の日本語ではprince、あるいはその女性系のprincessは王子、王女をさす称号として定着している。

 さて、日本において王女を表すもう一つの通俗的な言葉である「姫」であるが、princessとprinceのように、この姫という概念には対となる概念が存在するかというと、簡単には思いつかない。これはprinceが「第一人者」という原義を持つのに対して、「姫」という言葉にそのようなものはない。

 この「姫」という語は、古代中国における氏族集団の名称であるのである。古代において、中国人の呼称は、昔の日本人がそうであったように、姓-氏-名からなっていた。

 姓は、その個人が属する氏族集団を指し示す。例えば、周の王室の姓は「姫」であり、斉の公室は「姜」である。

氏は、その個人が住んでいる土地や職掌を指し示すことが多い。斉・魯・周などの都市国家の名前はそのまま、そこの支配者の氏となり、司馬や史という世襲の職業が、その従事者の氏となり、支配者の一族の分家では、その始祖との血縁関係をもって孟孫や公孫を氏とした。

 この姓-氏-名による呼び名は時代が下るにつれて廃れるようになったが(氏名と姓名はしばしば混同される)、いまなお中国や朝鮮には同姓不婚の原則が強くある。ここにおける「姓」とは古代においては氏族集団のことを指し示す。

 「姓」というものは祭儀的な血のつながりを示す性質が強く、「氏」というものは現実の社会的な性質が強い。

 ゆえに、社会的な職掌を果たしながら生活する男性は「氏」を名乗り、家庭にあって血の連続を担った女性は「姓」を名乗った。

 今も昔も中国や朝鮮では、女性は嫁いだ後も自らの姓を名乗り続ける。

 周代において、「姫」王室は商(殷)を滅ぼしたのち、各地の有力な都市国家に対して、自らの姓に属する女性を送って、擬似的な血縁関係を構成し、周の王を最高のシャーマンとした擬似的な血縁関係を確認する祭儀による結合体を生み出した。この擬似的な血縁関係による都市国家の霊的な結合体が周王朝であり、「中国」の原型である。

 この結合体の成立において不可欠な「姫」姓の女性は各国において貴人とされ、やがて、擬似的な血縁関係による結合体が崩壊すると実質を失い、貴人の女性一般を表す一般名詞へと転化していった。これが現代の日本で用いられる「姫」の語源である。

 我々が「姫」と用いる時、その語形が表す意味は幾分記号的なものとなり、実際の意味からは乖離したものとなっている。このような漢字の意味の転化はしばしば起きるものである。この結果、漢字はその量において淘汰され、質において、原義を踏まえない意味を持つようになっていくようになるのである。

 このような時代的な変遷の下にある漢字の歴をとりあつかう漢字学については、後日稿を改めて論じたい。