ガルパンのミカがよくいう「風にながされる」とはどういうことなのか(老子をよむ②)

なんとなく考えた。老子の思想は継続高校のミカ風に語るのが、しっくりくると。

 

【原文書き下し】

老子 第二章

天下皆な美の美たるを知る。これ悪なり。皆な善の善たるを知る。これ不善なり。故に有無相生じ、難易相成り、長短相形し、高下相傾き、音声相和し、前後相随う。ここをもって聖人は、無為の事に処り、不言の教を行なう。万物作りて辞せず、生じて有せず、為して恃まず、功成りて居らず。それ唯だ居らず、ここをもって去らず。

 

【解釈】

「本当にきれいなものだけの世界ってないのかな」

「きれいなものだけの世界なんてないよ、そんなものは想像したって無駄さ」

「そんな、そこまで言わなくてもいいじゃない」

「そうなんだよ」

「なんでさ」

「きれいなものを見るとき、君はきれいではないものを見ているのだよ」

「きれいなものを見てるときは、きれいなものを見てるんじゃないの?」

「いいや、きれいなものは、きれいじゃないものがないときれいだって言えないだろ?」

「ううん……よく分からないよ」

「じゃあ、たとえ話をしよう。私と君の身長は頭一つくらいちがうだろ?」

「うん」

「私たちの身長の差は、他人から見たら結構あるように見えるだろうね」

「そうだね、私はちっちゃいし、あなたは大きい」

「でも、そこにある山の上に立ってみたとき、ふもとの君と私の大きさは、すごく小さく見えるだろう、上から見たとき、君と僕の間にある身長の差なんて、あってないようなものなんだ」

「そりゃあそうだよ、私やあなたよりも山はすごくおおきいんだ」

「そうだ。じゃあ、話をもどすよ。なんで君は『私はちっちゃい』っていったんだい?」

「それは、あなたより私は小さいからだよ」

「私は君よりも大きい。だから、君は自分のことを小さい、ということができたんだ」

「大きいってことを知ってたから、小さいっていうことが言えるんだってこと?」

「そうだよ。大きいっていうことと小さいっていうことはお互いにお互いをささあっているんだ。だから、きれいじゃないものがない世界に、きれいなものなんてないんだよ」

「うん、今度は分かった。でも、なんで山のはなしなんかしたの?」

「私と君には身長の差があったよね。人の基準からすれば、私は大きいし、君は小さい。でも、山から見ると、私たちはどっちも差がないくらいに小さい。もっといおう、山の中で一番高い山から、この山を見たらきっと大きさなんてわからないくらい小さく見えるだろう」

「うん、そうだね」

「そう、だから、私たちの見ている大きいや小さいという尺度なんてたかが知れているんだよ」

「なにがいいたいの?」

「空の星には大きいものも小さいものもある。でも大きいもの小さいものも、私たちからすれば、等しい大きさの空の星だ。結局、大きいとは小さい、きれいときれいじゃない、というのは、あんまり意味のあることじゃないんだよ」

「大きいとか小さいとかそういうことは、お互いに関係しながらあるから、視点を変えてみると、もとの視点だとすごく大きな差だったものが、新しい視点だと大した差じゃなくなっている、そういうこと?」

「そうだ。こういうことに気づいて受け入れている人はね、何かをするときに何かと比べないし、何も言わない。比べたり、口に出すことはつまらないことだからね。それに、名誉や富だって、くれるというならもらうけど、過分には求めない。なぜなら、求めてもあるがままのものは増えないからさ」

「あなたがよく言っている『風に流される』ってこと?」

「そうだよ。同じことを、荘周という人は『無窮に遊ぶ』と言っているね」