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秋山好古「本邦騎兵用法論」をよむ① (序文)

 司馬遼太郎が軍事論文としては類を見ない名論文であると絶賛した秋山好古(1897年)「本邦騎兵用法論」を現代語として読めるよう書き換えを施した。今回は、本論のうち序文の現代語訳を示す。

 本論は「坂の上の雲」関連資料にてネット上において読むことができる。本文はこれに沿っているが、原典を見ることのできる機会があれば、校合していきたいと考えている。なお、本文は太字で示し、現代語は本文の段落ごとに示した。

 

本邦騎兵用法論

(我が国における騎兵の運用方法について)

 

本文 本邦の騎兵用法に関しては、未だ戦時編成条規の確定せざると、戦役上の経験少なき為め、一定の方針を定ることを困難なりとす。現行操典並に野外要務令に就て研究するも、同じく精確に之を断定すること能はず。是れ多年国内戦を基礎とせし結果に他ならず。

現代語 我が国の騎兵運用方法に関しては、まだ戦争に備えた軍隊の編成を定めた規約が完成していないことと、わが軍が戦争において騎兵を用いた経験が少ないため、一定の方針を定めることが困難である。今用いられている騎兵の戦場での行動の原理原則を示した「操典」や、戦場における勤務や戦闘の方法の方針をしめした「野外要務令」について研究したとしても、やはり騎兵の運用方法についてはっきりとした方針を得ることができない。これは、日本陸軍が戦争の研究の基礎として、(騎兵が活動することが困難な)国内での戦争を想定していた結果に他ならない。

 

本文 騎兵の盛衰は古来より屡々(しばしば)変遷を来せしと雖も、其隆盛を極めしは、多くは用兵上に卓絶せる名将出でし時にあり。之を歴史に徴するに、成吉汗(チンギスハン)、亞歴山(アレキサンダー)、フレデリック大王、拿破崙(ナポレオン)一世、近時モルトケ大将の如き、騎兵の教育及び其用法上に深く意を用いたり。是れ戦略上の勝利を全うするは騎兵に超ゆべき他の兵種なければなり。

現代語 騎兵が歩兵や砲兵といったほかの兵種に対して有利になったり、不利になったりすることは歴史上何度も繰り返されていることであるが、これが最も有利になる時の多くは、騎兵の運用方法に卓絶した名将が現れた時である。歴史に実際にあたると、チンギスハーンやアレクサンドロス大王、フリードリッヒ大王、ナポレオン一世、最近では大モルトケという名将は、確かに騎兵の教育や運用方法に気を配っていた。その理由は、戦略上の勝利を手に入れるという能力という点において騎兵は他の歩兵や砲兵よりも高い能力を持っているからである。

 

本文 我が国に於ける騎兵は、其の進歩常に遅滞し、言うべからざるの悲境にありて、其編成典範すら、屡々動揺し、従て其用法上に就ても、確定の方針定むること能はず。然れども二十七、八年戦役以来、軍備の拡張に伴い、我騎兵にも大に変革を来す時期に際会せり。今遂に他国と平和を破る患なしと雖も、静心熟慮、宇内の大勢に鑑み、隣邦の兵力、其他を考究し来れば、騎兵の進歩を企図するは、刻下の最大急務なりとす。

現代語 日本騎兵の進歩は、他の兵種が拡大・近代化していくのに対して、非常にゆっくりとしたものであり、言葉では言い尽くせないほどの悲惨な状況にある。その編成の規範ですら、しばしば揺れ動き、それのために現実の軍隊における編成を基礎として研究されるべき騎兵の運用方法も、その方針を定めることができない。しかし、日清戦争以来、軍備拡張が進み、中国大陸での作戦が可能性として現れた今、騎兵も他の兵種とならんで変革を行う時期が来た。今は戦争の可能性はないとはいえ、将来の来たるべき戦争について熟慮し、世界情勢を考慮して隣国ロシアの兵力やその他の要素を考えれば、騎兵の拡張・近代化を計画し、実行するのは、目下最大の急務である。

 

本文 強兵を以て名のある普国は、戦勝に傲らず、騎兵戦術の未だ完全ならざるを確認し、今やフレデリック大王の遺訓を再興し、騎兵の馬術を奨励し、用兵上の学識を増進せしむるに深く注意し、大に騎兵用法上に変革をなせり。大王は騎兵の奨励に最も意を用い、騎兵将校をして日々厩舎を巡視せざるもの日曜日と雖も乗馬をなさゝ゛るものは厳罰に処し、又乗馬学校を各所に設立し、馬術を奨励し、且つ騎兵の青年将校は、他兵科上長官よりも用兵上の学識を有しせざるべからずとし、其学業を督励するや、実に至れり盡せり、名将の訓戒は、諸君と共に学術研究上の基礎となさゝ゛るべからず。

現代語 強力な軍隊を持っていることで有名なプロイセンは、1871年の普仏戦争の勝利に傲慢になることなく、他国と比べて自らの騎兵戦術が完成していないことを自覚し、フリードリヒ大王の残した教訓をもとに、騎兵に対して乗馬技術の向上を奨励し、騎兵運用の学問的知見を深めることに重点を置き、騎兵運用の変革を大いに今、行っている。フリードリヒ大王は騎兵を奨励することに最も気を配り、騎兵将校が厩舎を日々巡視しなかったり、日曜日だからなどといって乗馬しない者には厳びしい罰則を科し、乗馬学校を各地に設置することで馬術を磨くことを奨励し、若い騎兵将校に対しては「(騎兵将校は)他の兵種の階級が高い者よりも軍隊運用に関する知見をもたねばならない」として騎兵運用の学習を奨励するなど、騎兵運用に対して至れり尽くせりといえるほどまでに注意を注いでいた。このような名将の残した教訓は、他の名将のそれと共に騎兵運用に対する学術研究の基礎としなくてはならない。

 

本文 本邦に未だ騎兵の名将なし。蓋し無きを哀れむを要せず、無きが至當なればなり。欧州各国と雖も、幾百年来、幾千の騎兵将校ありと雖も、眞の騎兵名将と称すべきものは、実に僅々一、二に過ぎず。騎兵良将校たるは難しとす。

現代語 我が国に騎兵の名将といえる人物はいない。しかし、これを他国より遅れているなどと哀れむ必要はない。騎兵の名将など、いないほうが至って当然であるからである。先進国であるヨーロッパ各国を見ても、数百年の間に騎兵将校は何千人もいたが、本当の騎兵の名将はわずかに一人か二人といってもよいだろう。良い騎兵の将校であるということは難しいことなのである。

 

本文 彼の一敗地塗りし仏国も、七十年戦以来普国の編成条規に模倣せしが、近時に至り、漸次昔時ナポレオン帝の施行せし戦術的に於ける騎兵戦術(この点やや不可解にして、原典との校合の必要あり)を、再び採用せんとするの傾向ありて、敵国をして多少危惧の念を生ぜしむるに至れり。然れども騎兵の本旨とする所は、昔時と多少異なる所あり。昔時は騎兵を主として本戦に用ひ、彼我両軍決戦の用に供せしと雖も、今日に於ける騎兵用法上の目的は、まったく作戦地境内を専制するを第一の要務となし、其本戦に参與するを決戦攻撃、追撃、退却援護の如きを特別の場合とせり。故に欧州騎兵第一任務とする所は、敵を発見するまで捜索を為し、敵騎兵に遭遇せば、之を撃攘蹂躙して滅亡に至らしむるを、確乎不抜の定義とし、此一事は死を誓へるの決戦にして、一意断行苟(いやしく)も猶予躊躇することなく、断乎としてとして(本文ママ、校合の必要あり)決行すべきものとせり。是れ勝者は作戦地境を専制し、本軍をして充分の勝算を以て、利を戦場に擅(ほしいまま)にするを得せしめんが為なり。

現代語 あの一度プロイセンに敗れたフランスも、普仏戦争以来、プロイセンの編成をさだめた規約をまねていたが、最近になり、昔、ナポレオンが行った騎兵戦術を再び採用する傾向があって、当時の強勢であったフランスが復活するのではないかと周辺の対立国に多少の危惧を抱かせている。しかし、現代の騎兵の活動における主要な点は、昔とはいくらか異なる点がある。昔は騎兵を主に主要な戦いに用い、敵味方両軍の戦いを決するために用いられていたが、今日の騎兵運用は、作戦が行われる地域に先行し確保することを第一の任務として、敵味方の主力が戦っている時に敵主力に突撃をしかけるなどして攻撃し、逃げ散る敵を追い討ち、退却する味方を攻撃する敵を追い払うなどという、過去の騎兵の主要な任務は、現代ではその本分ではない特別の任務となっている。なので、ヨーロッパの騎兵が最も優先する任務は、敵を発見するまでは敵軍の捜索を行い、同様の任務を行う騎兵に対しては、これを全力で撃破し、壊滅させることを、動かすことのできない騎兵の定義的な任務とし、この任務の達成は騎兵にとって決死の覚悟で臨むべき決戦であり、決心したからにはいささかも躊躇することなく、これを行わねばならない。敵味方のうち、この騎兵活動の勝者は、作戦地域に先行することが可能になり、主力の戦闘の勝算を大きなものとし、戦場における地の利を最大限利用することができるようになるのである。

 

本文 以上は殆んど一般の定論にして、「軍其の為す所を知れば、必ず勝つ」との金言を騎兵の責務とせしにすぎず。

現代語 以上のことは一般的な常識的な議論に過ぎず「それぞれ自分が戦場において果たすべき役割を自覚した軍隊は必ず勝つ」という金言を騎兵にはてはめたに過ぎないのである。

 

本文 猶ほ騎兵は以上の任務を遂げ了らば、其任務尽きたりやと言ふに、決して然らず、とす。現時に於て欧州諸国各兵訓練の度は殆ど同一の程度にあるを以て、彼我勝敗の決する所は、作戦計画の良否に最大関係をなすものとす。若し騎兵をして敵の動員を妨害し、倉庫を焼夷し、電線を切断し、鉄道を破壊して、以て敵軍の作戦計画を妨害するを得ば、全軍の勝敗に至大の影響を及ぼすものとす。現時欧州諸国非常の大軍を用ゆるに至りしを以て、其集中に関する作戦計画は極めて至難なりとす。若し騎兵にして敵の最も至難とする作戦計画を妨害するを得ば、本軍をして勝利の基を開かしむるを得べし。

現代語 「騎兵が先述の任務を達成すれば、その任務はすべて達成され、もうほかの任務はないのか」と言われれば、「決してそのようなことはない」と答える。現在、ヨーロッパ各国の軍隊の練度はほぼ似通ったもので、戦争の勝利を決するものは作戦計画が良いか悪いかという点にかかっているといえる。もし、(敵地に深く突入した)騎兵によって敵の軍隊の移動を妨害し、倉庫を焼き払い、(電信のための)電線を切断し、鉄道を破壊して、敵の作戦計画の円滑な実施を妨害することに成功すれば、戦争の勝敗に絶大な影響を与えることが可能であろう。現代のヨーロッパ各国は全土から総動員した兵力を戦場へ動かすための計画は極めて複雑で、運用は困難なものである。もし、騎兵がその困難な作戦計画を妨害することができたならば、主力が勝利を果たすための基礎を築くことができるだろう。

 

本文 欧州諸国が今日其槍騎兵、胸甲騎兵を増加して、其戦力を増大するは、多くは前述に基けるが如し。

現代語 ヨーロッパ各国が現在、槍騎兵、胸甲騎兵を増加して戦力を増強していることは、先ほど述べた理由によるのである。

 

本文 然れども軍備は、自国並に隣国の状況に基くものにして、従て各兵種の用法を多少異なる所なかるべからず。今や露国は騎兵を拡張して二十四師団に至らしめ、其亜細亜地方に駐在せしむるものを、三師団に至らしめんとす。運輸交通の便未だ開けずと雖も、遠からずして東部亜細亜に於いて此三師団(十八連隊)を運用し得るに至らん。

現代語 そうはいっても軍備というものは、自国と隣国の軍備などの状況によるもので、各兵種の運用方針も多少は異なる点があるほうが当然である。しかし、現在、ロシアは騎兵の規模を拡大して二十四個師団とし、東アジアに駐屯する騎兵師団も三つにしようとしている。ヨーロッパ・ロシアと東アジアの交通運輸の便は悪いといっても、近い将来、東アジアにおいてロシアは3個騎兵師団を運用することができるようになるだろう。

 

本文 往年、帖木兒、鐡木眞の満州より起こり、欧州に侵入せし事跡より判断するも、大兵の運用困難なりとして、断じて安意すべからず。今や隣国に対し、本邦騎兵の戦時編成は如何に増大するべきや、其馬匹武器は如何に改良すべきや、其教育は如何なる方法を以てすべきやに就ては、議論極めて多しと雖も、本論に主旨に非ざるを以て、主として本邦現時の典令に準拠して騎兵の用法を論ぜんとす。

現代語 昔、ティムールやテムジン(チンギスハーン)は満州(この点事実誤認か)から勢力を拡大してヨーロッパに侵入したことから判断して、大兵力の運用は困難であるとして軍事的危機はヨーロッパから直接は来ないと安心するようなことは決してあってはならない。仮想敵国である隣国に対する戦争において我が国の騎兵はどのような戦時編成を取り規模を拡大するべきか、我が軍騎兵の馬匹あるいは武器をどのように改良するべきか、我が国の騎兵の教育はどのような方法をもってするべきか、などという点については当然ながら多様な議論が行われているが、本論はそのような議論を行うことは主旨とはせず、主として我が国の現行の騎兵運用の基礎を定めた典令を前提において、戦場において騎兵をどのように運用するべきかについて論じることとする。