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前近代世界システム論とマッキンダー

 現在、内陸アジア史研究の新潮流として注目されている議論の一つに「中央ユーラシア」とその周辺地域の関係から一個の世界システムを見出し、それを基調とした「世界史」を構想する「前近代世界システム論」があり、明治以来の西欧偏重の世界史に対する批判として主張されている。

 そのおおよその概要としては森安孝夫「内陸アジア史研究の新潮流と世界史教育現場への提言」(2011)あるいは同氏『シルクロード唐帝国(興亡の世界史)』において詳述されているので、ここでは簡単にその概要だけ紹介する。

 「前近代世界システム論」においては、世界史を叙述するにあたって、大まかにユーラシア大陸を南北に分けて、東は大興安嶺から西はハンガリー平原に至るまでの中央ユーラシアに居住している北の遊牧民・オアシス都市民と、草原の世界の南の世界に居住している農耕民の関係の技術の進歩などに起因する変遷を以下のように区分する。

世界史の8段階 (森安孝夫『シルクロード唐帝国』2007, pp. 84-85 )

① 農業革命(第一次農業革命) ・・・・・・・・約11000年前より 

四大文明の登場(第二次農業革命) ・・・・・約5500年前より

③ 鉄器革命(遅れて第三次農業革命) ・・・・・約4000年前より

④ 騎馬遊牧民(遊牧騎馬民族)の登場 ・・・・・約3000年前より

⑤ 中央ユーラシア型国家優勢時代 (※1)   ・・・・約1000年前より

⑥ 火薬革命と海路によるグローバル化(※2) ・・・約500年前より

産業革命と鉄道・蒸気船(外燃機関)の登場・・約200年前より  

⑧ 自動車と航空機(内燃機関)の登場・・・・・・約100年前より

※1 トルコ = モンゴル系の遊牧民を中核とする軍事国家がユーラシア世界史の檜舞台に登場 

※2 「陸と騎射」の時代から「海と火砲」の時代への転換 

  以上の区分に基づいて、システマチックで、西欧にも中国にも偏重せず、暗記に偏重しない歴史叙述を行っていくことが「世界史教育」によって、現代のグローバル化というものの実相をより明確にしていくことにつながる、と森安は主張する。

 実にこの考え方というのは、従来の「暗記」偏重の世界史の脱却のみならず、世界というものの「一体性」が決して近代以降に現れた特殊な現象でないことを示す点において、真の意味で局所優位主義の歴史観、すなわち皇国史観、ユーロセントリズム、中華主義などに対する反駁となるのである。

 さて、この前近代世界システム論を「世界史」の理論として見ていったとき、その主張と似通った理論を提唱した学問があることを想起させられる。

 「地政学」である。

 ナチス政権の戦争に理論的に加担したことなどから、一時期は誤った過去の学問として捨てられた分野であるとされた。特に、現在の日本はこの傾向が強く、「地政学リスク」と叫ばれる中、日本における地政学研究というものはか細いものである。一方、冷戦という状況において英米では地政学研究の伝統は継続している。

 この地政学を基礎づけた一人として著名なハルフォード・ジョン・マッキンダーの主著にして地政学の古典といわれる『デモクラシーの理想と現実』で、彼は以下のような理論を展開する。

 マッキンダーは世界を三つの部分に分類する。一つ目は海洋の影響をまったくうけない地域「ハートランド」、二つ目はハートランドと海洋の中間に位置する「コーストランド」、三つ目は海洋に位置する「アイランド」。このうちハートランドユーラシア大陸中央部、つまり中央ユーラシアに位置づけられ、その周辺のヨーロッパ、インド、中国などあ「コーストランド」、さらにその外側のイギリスや日本、アメリカ大陸、オーストラリアなどが「アイランド」とされる。(ここでは、アフリカのハートランドに関する議論は省略する)

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マッキンダーの世界認識 世界がハートランドを中心とした三層構造になっていることがわかる。( 曽村保信地政学入門――外交戦略の政治学』中公新書より)

  マッキンダーは拡大する力を持つハートランド勢力と、それを抑える海洋勢力との関係において世界史をとらえている。その詳しい紹介は後日に譲ることとする(どうも今日は書きつかれた)

 このマッキンダーの理論をもとに歴史を構想したとき、その歴史像は偶然であるのか、先ほど紹介した「前近代世界システム論」と共通したものとなる。彼は示唆する「東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを制する者は世界島(ユーラシア大陸)を制し、世界島を制するものは世界を制する」と。この言明は彼が欧州の視点から分析したことによるものであり、必ずしも正しいのか、という疑念を私は持つが、しかし、これを東に引き写して、このような言明をすると実にリアリティーが生まれないだろうか。

 「華北を支配する者は東アジアを制し、東アジアを制する者はアジアを制し、アジアを制する者はユーラシアを制する」