人文(歴史)学者ってなにをする人々なのか、考えてみる。

 人文学の役割とは何か。

 人文学とは理論的統合の学問である。

 理論的統合の学問は何を役割として期待されているのか。

 それは、自分とは異なる他者との「対話」である。

 この「対話」によって学者は相対的に世界を客観視する。

 これによって新しい世界観が生まれ、この新しい世界観は全ての解釈を新しいものへと変える。世界観の変化は、物質的な革新に匹敵するほどの変化を我々に与える。

 人文学者は客観によって得られた世界観を発信し、実際に人間社会を動かす役割を担う人々の発想の転換を促す営為を為す存在である。

 以上が私の考える人文学というものの役割である。

 

 上記の「人文学の役割」というものについて、文部科学省の科学技術・学術審議会 学術分科会の「人文学及び社会科学の振興について(報告)-「対話」と「実証」を通じた文明基盤形成への道-」第三章において定義された人文学の役割を、より詳しい当座の前提として提示しよう。

 人文学は、「精神価値」、「歴史時間」、「言語表現」及び「メタ知識」を研究対象とする立場から、諸学の基礎として、個別諸学の基礎付けを行うという役割・機能を有している。また、「『対話』を通じた『(認識)枠組み』の共有」という「共通性」としての「普遍性」の獲得への道程という研究方法上の特性は、個別諸学間の「対話」を通じた「普遍性」の獲得の可能性を導くという意味で、方法上、個別諸学の基礎付けとなりうると考えられる。
 具体的には、知識についての「メタ知識」の学という役割・機能、個別諸学がそれぞれ前提としている諸価値の評価、及び個別諸学の背後にある「人間」という存在そのものへの考察という役割・機能として考えられるが、ここでは、専門分化してしまった個別諸学を俯瞰するという観点から、これらの役割・機能を合わせて「理論的統合」と名付けることとしたい。

人文学及び社会科学の振興について(報告)-「対話」と「実証」を通じた文明基盤形成への道- 目次:文部科学省 より(2017年2月23日閲覧)

 以上を要約すると、「様々な種類の学問研究の成果によって得られた知識」という存在を学問の対象として種々の学問研究の結果に根拠を与え、学問を行う主体である「人間」を学問の対象とするという点で、人文学は全ての学問を「人間」という場において理論的に統合する役割を持っている、ということいえる。

 これでは、あまりに抽象に過ぎて、なお説明を要するだろう。そこで、私が専攻する歴史学の立場に置き換えて人文学の役割について考えてみよう。

 歴史学の対象は過去である。現在が瞬間であり、時系列において「点」であるのに対して、過去というものは「点」に至るまでの「線」である。この時系列における「線」を取り扱う学問が歴史学であり、この「線」から現在の「点」の持つベクトルの向きを探る全てのアプローチは皆、歴史的アプローチと呼ぶことができる。この歴史的アプローチのうち、定量的なものと定性的なもののうち、定量的なものを取り扱う、すなわち種々の過去の数値データから将来の数値データを予測する、景気予測のような分野は広義の歴史的アプローチではあるものの、我々が実際に歴史的アプローチといって想像するものではない。この定量的な歴史的アプローチは信頼性のある数値データの十分な存在によって成り立つものであり、また、複合的な要因に基づく出来事、具体的には環境変動などといった問題は定量的アプローチによって完全に解明できるものではなく、まして人間社会の動態など定量的なアプローチによって判断することは困難である。このような数値化し難い、数値化したモデルをもってするよりも具体性を維持したままの方が実態を理解しやすい「人間集団」などといった対象に対しては、定性的な歴史的アプローチが行われる。この定性的な歴史的アプローチこそが歴史学の本来的手法であり、現在の点のベクトルを探るべく過去の線のベクトルを参照する歴史的アプローチが諸学問の歴史的アプローチ、つまり歴史学の客体的利用であり、その歴史的アプローチそのものを不断に検証する、すなわち「史料批判」の手法によって過去の現在の点に生きる我々には見ることのできない「線」を構成する「点」群の痕跡の正確な復元を目指し、そこからより信頼性の高い「線」を見出す作業が歴史学の主体的役割である。

 ここにおいて、人文学の一分野としての歴史学の役割を整理すると、過去の時系列的「線」における「人間社会」の動態を、過去の痕跡をたどることによって現在、我々の社会が立っている位置、そして現在という瞬間が持っているベクトルを探る諸学問の営為を根拠付ける、つまり、それらの歴史的アプローチを文献学的・考古学的・言語学的な様々な手法をもって信頼性の高いものにする営為が歴史学であり、この過去の人間社会の動態をベースとする諸学問の根拠となる過去をより確からしいものとして復元していくという点において歴史学は諸学問の「理論的統合」であるということができる。つまり、歴史学の手法によって、過去にベースをおいて現在・未来を考察する学問はすべて結合されている。

 この役割をもつ歴史学において、歴史学者が果たすべき役割については、以前述べた。 

confu-han.hatenablog.com

confu-han.hatenablog.com

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  歴史学者の役割については、上述の記事によることとし、「諸学問の理論的統合」として歴史学の役割を果たすために歴史学者は具体的にどのように成果を生み、それを発信するべきか、について本記事では考察し、人文学者の為すべきことの考察としたい。

 歴史学者は「過去に起こったある出来事」を以下の5つの階層を介して、現在的な文脈的モデルとして発信することを必要とする。

①史料

②史料の翻訳

③史料の解釈

④出来事の復元・再解釈

⑤最適化と発信(デザイン)

①史料

 まず、歴史学者が根拠とするべきものは史料である。

 史料は「実際にあった出来事」とは区別される。

 すなわち史料は、その史料を残した存在の立場・常識などといった様々な要因によって我々が求める事実の真正な鏡としての役割を必ずしも果たさない。むしろ、史料によって写し取られた出来事は、ほとんど出来事そのものの姿を残していない。しかし、一方で、当然ながら、我々はタイムトラベラーないし超能力者ではないので、その出来事は不完全な史料によってしか知ることができない。故に、全ての歴史的アプローチは、まず史料に依存する。

②史料の翻訳

 この史料を読む際にも、注意が必要である。

 特に近代以前あるいは外国語の史料を読むとき、その言葉が果たして自分が思っている言葉と完全に対応した意味をもっている、と考えることは、史料の誤読を招く。これらの現代語のノイズを極力排除して史料を読むことが歴史学者には求められる。この史料を現代人の我々が読解する段階において生じる問題のうち、言語的な問題を称して「史料の翻訳」段階と言おう。

 

③史料の解釈

 言語的な問題をクリアーしたとき、次に問題となるのは、その史料の位置づけ、つまり、その史料を残した存在・時代にあるバイアスである。その史料が政権側のものか、周縁の地方の人々のものか、それぞれに存在する「こうあらねばならないのだ」「こうあってほしい」などという願望によって生まれた文脈によって、出来事が既に解釈された形で史料にはすでに存在しているのである。この史料に存在する文脈をとき解くためには、別の文脈、すなわち視点をことにする史料や、バイアスを生じた時代・状況背景による修正をもってする必要がある。

 

④出来事の復元・再解釈

 史料の解釈によって様々なノイズを乗り越えて、出来事の痕跡が見えてきたとき、その出来事が一体どのようなものであったのか、ということを歴史学者は主体的に明らかにする。つまり、これまで客体の文脈によって記されていた出来事である史料を翻訳・解釈によって解きほぐし、出来事の痕跡を原型化して認識したとき、歴史学者は初めて自らの文脈で出来事の痕跡を誠実につなぎ合わせる作業に入ることができる。ついで、歴史学者は先行研究が明らかにした文脈と、自らが明らかにした文脈を比較し、先行研究の参照しなかった過去の痕跡を参照することによって、文脈の修正の必要があることを提示する。これが、歴史学における学術論文や学術的著作である。

 

⑤最適化と発信(デザイン)

 上記の①〜④までが従来の歴史学者の役割であった。つまり、従来は、歴史学者によって提示された出来事の復元・再解釈が集積されたものに、受け手が誠実なアプローチすることによって歴史学の役割は果たされており、歴史学者による発信は歴史学者の「義務」ではなかったのである。この受け手が、知の集積に誠実にアプローチするという構造は「教養」という文化によって支えられていた。しかし、現代、情報網が発達し、知の特権が失われた現在、教養によって裏打ちされたこの構造は崩壊し、受け手は自らの選好によって、つまり自らの世界観に沿った知識のみを摂取するようになり、相対的に誠実な出来事の復元・再解釈の集積は顧みられなくなった。「教養」という旗のもとに受け手が自らの世界観を変革するべく人文学者の学問的営為の成果を摂取することがなくなった現在、人文学者は自らの蓄積を、受け手に向けて最適化し発信する必要がある。ここに、人文学者は自らの編み出した文脈を現代化させ、文脈を受け手が消化しやすいよう整理することによって、受け手に自らの見出した世界観を飲み込ませなければ自らの役割を果たすことができなくなってしまった。要するに人文学者は、デザインされた世界観を発信する、という新しい役割を負ったのである。

 

 デザイン(ここではビジュアルのみにとどまらない、一つの方法論として捉える)は人文学者が持たねばならぬ一つの方向性である。誠実な史料解釈から、文脈を導き出し、これをデザインすることによって受け手に発信するという営為は歴史学者のみならず、理論的統合の学問である人文学にも同様にもとめられる営為であり、学者これを記すべきことであると私は考える。