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歴史は繰り返さない――史学徒のかんがえること②――

歴史哲学

 昨日、述べた通り今日は「歴史はくりかえす」というテーゼの検討を通じて、歴史に法則性を求める「歴史科学者」たちの立場を批判し、「歴史家」の果たすべき役割とは何か、という点について考えていく。

 

 「歴史はくりかえす」とは、どのような意味合いを持つのか。これを私は批判するとは言っても、実際に起きている「事実そのもの」と類似している別の「事実そのもの」が存在しているという事実があることを否定するものではない。叙述者がこれらの間に属する共通する事項を取り上げて、その構造的特徴を明らかにし、蓋然的「教訓」の発見の糧とすることは、結局歴史というものに求められる役割であって、歴史解釈に求められる範囲の問題である。私はここで批判するものは、「歴史はくりかえす」というテーゼのもとにおける「事実そのもの」の諸原因(諸氏にあっては「事実そのもの」が単一の原因から成り立っていないということは直ちに了解されたし)と「事実そのもの」を三段論法的につなぐときに、「事実そのもの」の原因を小概念として、「事実そのもの」を結論として、その大概念として「「事実そのもの」の原因があるすべての時、「事実そのもの」が発生する」という全称命題、すなわち普遍的歴史法則が存在すると仮定することにあるのである。

 

 今回は、この普遍的歴史法則が誕生した歴史的経緯と、この歴史法則の問題点を明らかにし、そこからランケ以来の「素朴実証主義」に立ち返るのではなく、「歴史の物語り」論者たちが主張する、言語的転回を踏まえた多元的な「未来がたり」としての歴史叙述のありようについて述べることとする。

 

 19世紀以降の自然科学の隆盛において、歴史学はその「科学性」を疑われることとなった。つまり、科学でなければ学問ではないという当時の風潮の前に歴史学は説明責任を負わねばならなくなったのである。科学とは何か、という問いはあまりに難問に過ぎ、ここでは簡潔に「物事への説明の体系」という風に捉えるようにしたい。ここで生まれた立場は、歴史科学をはじめとするいわゆる人文科学(humanities)とそれ以外の自然科学(natural science)の間に方法論的な違いがあるとする二元的な立場、とそれらの間には方法論的な違いはないとする一元的な立場がある。

 このうち、最初に歴史の科学性の説明として有力な立場をもったのが、歴史学は自然科学とは異なる方法で物事を説明する、とした方法的二元論である。1894年にヴィンデルバントは以下のように自然科学と歴史学(歴史科学)の別を示した(野家 2016より)

1 全称的な必当然的な判断 単称的で実然的な判断

2 普遍的なもの 特殊なもの

3 現実的なもの恒常不変の形式 現実的なものの一回的でそれ自身で規定された内容

4 理念(近代では自然法則) 個別的な存在、事物、出来事

5 認識目標は法則 認識目標は形態

6 抽象 直感

7 法則定立的 個性記述的

8 法則の科学 出来事の科学

9 自然科学 歴史科学

 この有名な構図は歴史科学を自然科学とを対比的に置くものであり、「普遍」の探求を求める自然科学の価値と比べても等しい価値を「個性」の探求を求める歴史科学は持っていると主張したのである。これは、現代における文系理系の別の起源と言えるものである。

 しかし、この方法的二元論の立場に対して、常に批判的な立場で存在した立場が方法的一元論の立場であった。この立場を一層明確に表したのは、フレーゲ以降の論理学の革命を踏まえた物理学を手本とした統一科学を志向した論理実証主義者たちであった。彼らのうちの1人であるヘンペルは歴史科学も自然科学と同様の方法で事実の説明が可能であると主張する。ヘンペルは歴史叙述による、結果と原因の間には前提的に検証可能な一般法則が存在すると主張するのである。つまり、彼にとって、全称命題「すべてのFはGである」という一般法則から、単称命題「このaはGである」と表現される結果と原因の関係を論証するという形式は構造において歴史科学と自然科学との間で変わることがないのである。ここにおいて、自然科学と精神科学(人文科学)を同一の場に統合したヘンペルはこの演繹形式を満たさなければ科学ではないと主張した。

 しかしながら、現実において歴史叙述においてこのような一般法則を明確に言語化して定式化することは困難である。ここでヘンペルは歴史叙述というものの性質を、完全な結果と原因の関係の説明ではなく、空白を持たせた説明のスケッチであるとして、現実的な解決策を示す。

 このヘンペルの方法論的一元論において歴史科学の一般法則は反証可能なものでなければならないとして、例えば「黒船が来航した結果、明治維新が発生した」という叙述には「外圧を与えられた国では内政的な変化が発生する」という一般法則(これは例であるので、批判するべき点は多々あるが)が前提されている。この一般法則は「外圧を与えられても内政が変化しなかった」という反証があった場合、これは反証されたこととなる。この反証可能性を持っていることが一般法則の条件であるとヘンペルはしたのである。ゆえに、「人類の歴史は神の審判へ向かっている」とする風な一般法則は反証不可能であり、一般法則としての要件を満たしていないのである。

 しかし、カール・ポパーはこのヘンペルが主張した歴史科学の一般法則の反証可能性を、歴史科学の一般法則を立てる場合の叙述者の個別性によって否定する。すなわち、「事実そのもの」と「事実の叙述」の循環性のために、「事実の叙述」すなわち事実の説明は既に内在的に「事実そのもの」を踏まえており、反証するために用いる「事実そのもの」もその「事実の叙述」によって意味付けされ、確存在化しており、循環証明にいたるとし、歴史科学の一般法則、引いて言うならば歴史理論の非科学性(つまり、ヘンペルがいう演繹形式を満足しないということ)を明らかにした。

 このホパーの理論によって、歴史学というものは科学の立場から引き離され、従来の唯物史観などという歴史理論は、要するに「歴史の趨勢」という意味以上の意味を持たないということが明らかにされた。

 ここで、「歴史はくりかえす」というテーゼについて考える。このテーゼをまず、単なる一般法則として捉えた場合、これは反証が不可能であるため、一般法則の要件を満たさない。では、これを一般法則から導かれる二次的な法則、すなわち、一般法則は常に真である、という意味において捉えた場合、これは一般法則の反証不可能性から反証されることとなり、これも法則として成立しない。先述の議論を踏まえて、このように考えた場合、「歴史はくりかえす」というテーゼは反証されるのである。

 それでは、この一般法則から自由を得た歴史叙述はどのような形態を取ればよいのであろうか。ランケ以来の素朴実証主義であろうか、この素朴実証主義は「歴史」を史料批判をもって客観的に明らかにする姿勢である。しかし、歴史の事実というものは、それを明らかにするという行為と相互依存的な関係にあることは前回明らかにした。歴史という不分明な存在に対して、歴史叙述という分節を行うことによって明らかになるという言語論的転回の状況において、ランケ以来の素朴実証主義は成立せず、歴史叙述は多元性のもとにある必要がある。ここにおいて成立するのが、「歴史の物語り」論である。

 「歴史の物語り」論を提唱したダントーは、自らのいう「物語り」を以下のように定義する。

 「物語りとはある出来事を別のものと一緒にし、またある出来事を関連性に欠けるとして除外するような、出来事に負荷された構造である」(野家2016より)

 すなわち、「物語り」とは叙述者の視点から歴史的な出来事を見出して、その関連性を指摘するという行為である。歴史叙述というものと時間というものは不可分の関係にある。前回述べた通り、歴史叙述というものは必ず歴史事実の後に存在するものであり、時間において多元的である。また、過去の写像としての「記憶」の性質から、歴史叙述というものは叙述者において多元的である。

 故に、「物語り」による歴史叙述は多元的なものであるということがまず、指摘されなければならない。

 ここにおいて、歴史叙述というものの転回が明確になる。つまり、歴史的な事実というものは歴史叙述が不在な状態においては、全くの未分節で無価値的なものであり、歴史叙述によって分節されることに初めてその価値を得るのである。この歴史の事実から叙述者への転回は、叙述者に歴史を歴史としてフィクションと分かつために、以下の二点を要求する。

 第一に、叙述者は、歴史叙述の自己完結性はもちろんのこと、並行する歴史叙述に対して、外部と接続した整合的な叙述を行わなければならない。

 第二に、叙述者は、その歴史叙述が史料批判に耐えうる、合理的な歴史像を叙述しなくてはならない。

 この二点は叙述者の手に歴史というものの根拠が置かれた今、叙述者がその重みに耐えるがための方法論なのである。そして、この多元的な叙述者の手にある歴史は、叙述者の歴史内存在性によって、中立客観の超然とした立場を取ることは不可能ならしめるのである。すべての歴史叙述は、叙述者が存在する以上、叙述にはベクトルが存在し(歴史的出来事をつなげるベクトルが存在しなければ歴史叙述は成立しない!)、人種・階級・民族などの政治性を帯びざるを得ない。この政治性は歴史叙述に存在する論理性と並立する重大な要素である。この政治性というものは、言い換えるならば、叙述者の「問題関心」ということが出来る。この「問題関心」は叙述者の時間性において常に未来に開かれている。この「問題関心」のために、叙述者は「語り部」としての性質を帯び、そしてその「問題関心」の信頼のために、努めて歴史叙述の論理性を高めて、決して、「問題関心」が先行する叙述を行ってはいけないのである。そうでなければ、我が国の優位性を明らかにしようとした「皇国史観」あるいは共産主義の勝利を明らかにしようとした「唯物史観」のような歴史学という領域から離れた「問題関心」の化物を生み出してしまうこととなるのである。