2016-01-01から1年間の記事一覧

学園祭の話2

2. 学園祭実施に向けた学生自治組織の結成 学園祭実施の機運が高まった1974年の段階においては、大学側の非政治化方針とわずか742人という学生の少なさから、他大学では往々にして学園闘争の中心となった学生の代表機関としての自治会的組織を持たず、各学類…

学園祭のはなし1

はじめに 1974年最初に筑波大学が入学者を迎えたその年から現在にいたる40有余年の伝統をもつ筑波大学学園祭は、実にそれぞれの時代の世相あるいは「新構想大学」たる筑波大学とこれをとりまく「研究学園都市」という特殊な立地条件を反映した様相を呈してき…

ロジャー・ベイコンにおける「イスラーム世界」の創造

当時の中世西ヨーロッパでは既に失われていた、イスラーム・スペインのイブン・ルシュド(ヨーロッパでは転訛してアヴェロエス)やイブン・スィーナー(同じくアヴィセンナ)らイスラームの哲学者によって注釈され保存されていた古代ギリシア文化の遺産あるいは…

今、歴史家は何を学び、何をなすべきや――史学徒のかんがえること③――

前々回、前回と歴史叙述のありかたに関する話を歴史哲学の側面から考察してきた。そして最後に紹介した「歴史の物語り」論から導きだされた、ランケ以来の「素朴実証主義」や歴史法則の実在を前提する「方法的一元論」、政治性・倫理性が先行する唯物史観や…

歴史は繰り返さない――史学徒のかんがえること②――

昨日、述べた通り今日は「歴史はくりかえす」というテーゼの検討を通じて、歴史に法則性を求める「歴史科学者」たちの立場を批判し、「歴史家」の果たすべき役割とは何か、という点について考えていく。 「歴史はくりかえす」とは、どのような意味合いを持つ…

歴史の多元性――史学徒のかんがえること①――

我々、学問としての史学を志す者がおよそ心得ねばならぬ、と私が現時点で考えることについて述べる。不十分だと気づいた点については、後日補足したい。 私が歴史を論じるにあって迷妄であると断じていることは二つ、マルクスの唯物史観が主張するような「絶…

「姫」のはなし

とりとめのない話をしたい。「姫」という言葉について考えてみよう。「姫」とは奇妙なもので、王女など貴人の女性を意味としては表していながら、字形をみると「女」と「臣」からなっている。「臣」は昔の字形によれば、「臣下」の「臣」とは形を異にするよ…

草原について

私が住んでいる栗原の部屋から外を見るとずっと草原が広がっている。ただのちょっとした野原を草原と称するなんて変なことをいうな、という向きもあるだろうが、紛れもなく私の眼前にあるのは草原だ。 「草原」という総合科目を受けたことがある(今もあるの…

孫子の戦略論(計篇第一〜謀攻篇第三)

ヨーロッパ語訳の『孫子』と金谷注を底本にして、ちょっと書いてみたものをさらに加筆して、上げてみます。解説めいたものは書かなくてもwikiか何かを少し読めば分かると思うので、割愛しますが、そのうち書くかもしれないし、そこは気分。 CiNii 論文 - 18…